僕らの小さな夏祭り。
1 力強い太鼓の音
どん、どん、どん。
そんな音が、かすかに聞こえてきた気がした。
机の上のMDコンポを停止させた後に、私は椅子から立ち上がり、窓へと近寄った。
静かに目を閉じて耳を澄ます。
どん、どどどん。
それは確かに、太鼓の振動音だった。
同時に、演歌のような音楽も流れてくる。ビブラートがよく効いた、年配を思わせる女性の歌声に、ゆったりとした曲調。所々が掠れている。スピーカーを通している為か、それとも何度も繰り返し流されてきた為か。
曲を聴きながら、自然と口ずさんでいた。長い間耳にしていなかったというのに、未だ覚えていたことに驚いた。
そういえば何時ぶりなんだろう。
気付けば胸の底がじんわりと熱くなる。反対に、胃の辺りがきゅうと縮こまった。
心が切なく震えているのを感じながら目を開ければ、オレンジ色に染まりつつある分厚い雲の層が見えた。
午後に一時的激しい雨を降らせたその雲は、まるで移動するのを億劫がっているように佇んでいる。
そんな空の下、近所の家々の屋根がずらりと連なっていた。三階の部屋からの眺めとは言えども、数メートル先にある小さな公園は、それらに邪魔されて見えなかった。
恐らく今頃は、普段の寂れた様子とはガラリと変わって、近所の人たちで大いに賑わっているであろう場所。
どん、どん、どどどん、どどどん、どん。
網戸によりかかり、微かに届く夏の匂いを胸の内にゆっくりと仕舞いこんだ時だった。
机の上の携帯が震え始めた。急いでそれを手にとり、通話ボタンを押す。
『美夏、今部屋に居るー?
あのさぁ、お願いあるんだけど、公園のお祭り手伝ってくれない?』
お母さんだった。早口で伝えるその声は、慌てているようにも聞こえた。「どうしたの?」と私は尋ねた。
『ちょっと人手が足りなくてさ。少しだけでいいから、美夏が来てくると助かるんだけど……』
通話の向こう側からは、人がざわざわと熱気を放つ音と、狂ったように鳴く蝉の声。
こちらが何か言いだす前に、お母さんは突然「ごめんちょっと待って」と言った。続いて、あぁ三山さんそのチケットはあっちに届けるのよ、と誰かに話しかける声。確かに、忙しそうだった。
私は椅子に座り直して、大きく深呼吸した。
そして電話口に戻ってきたお母さんに向かい、「分かった、行くよ」と答えた。
助かるわ、すぐに来て、とだけ言い残し、お母さんはすぐに通話を切ってしまった。
携帯のフリップを閉じて、背もたれに体重を掛けた。机の上で、開けられたままの参考書とノートがぽつんと待っている。
私は力なく手を伸ばし、『絶対突破! センター試験』と書かれたその本を閉じた。
ふぅ。もう一度大きな深呼吸。
心の中に立ちこめつつあるモヤモヤをそうっと吹き飛ばした後に、私は部屋を出た。
そこで気付いた。
あぁ確か、中学一年の時に行ったのが、記憶の中での最後のお祭りだから――
実に、五年ぶりだった。
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