僕らの小さな夏祭り。
2 いちごのかき氷
公園までは、家から三メートル先にあるT字路を左に曲がればすぐだ。
曲がってすぐ視界に飛び込んできたのが、公園の中央に建設された二メートル程の舞台櫓だった。
舞台上で、浴衣を着た大人たちが円になって踊っている。真ん中に、主役である太鼓と鉢を振るう子供。その背中は小さいけれど、とても凛々しく見えた。
舞台から、ぽつぽつとした明りが周辺を取り囲む木々たちへ向かい伸びている。提灯だ。紐にいくつもぶら下げられて、蝋燭のような儚い光を灯している。
一歩一歩近づく度に、どん、どん、と太鼓の振動が肌に伝わってくる。
今リズムを打っているのは、地元用に作られた盆踊りの曲だ。
昔、飽きる程耳に焼きついた曲。
懐かしさに胸がぎゅうっと締め付けられた。
私が公園内に足を踏み入れると同時に、それは終わった。
替わりに、じじじじじ、と蝉が鳴きはじめた。
※
「美夏、こっちこっち!」
舞台の向こう側からこちらに手を振るお母さんを見つけ、私は走り出した。
お母さんは、小学校の運動会等でよく使われる白いテントの下に立っていた。傍には大きなクーラーボックスが横たわっている。
「お願い美夏。しばらくジュース番してて」着くや否や、お母さんは言った。
「ちょっと本部の方行って、連絡してくることがあるから。やり方、知ってるでしょう?」
私はクーラーボックスの中を見た。八分目まで水が張っていて、中にはペットボトルが溢れんばかりに浮いている。
「あぁ、町内会の人たちに配るやつだね」と私は言った。
「そう。券と引き換えに渡すだけだから。じゃあ、しばらく宜しくね」
言うなり、お母さんは公園の外へ向かって走り出した。
本部まで、というと数キロ先の公民館まで走っていくのか。途中で倒れたりしないかな、と少し心配になった。
今年度になって初めて当たってしまった、地域のお祭りの役員。そういえばお母さんは、準備が始まった一か月前から不平を漏らしていたっけ。受験勉強の日々だったから、すっかり忘れていた。
傍にあったパイプ椅子を勝手に拝借することにした。
今のところ人がくる気配はなさそうだ。数人の大人達は入り口付近で固まりながらお喋りしている。
静かになった舞台(どうやら今は休憩中らしい)を挟んだ向こう側では、同じように立てられた白いテントが二つ並んでいて、その下に子供達の群れが出来ていた。
それぞれの手に握られている光る輪っかの玩具が目につき、自然と胸が熱くなった。わぁ……懐かしい。
赤、緑、白等に光るそれらを手にして、浴衣姿の女の子たちははしゃいでいる。頭にウサギの耳のようなものをつけた子もいる。耳の縁が色とりどりに光っている。新しい玩具なのかな?
一方のやんちゃな男の子たちは、光る輪っかを空中に投げてはキャッチする遊びをしていた。そうそう、あれ、つい投げたくなるんだよね。
隣のテントでは、どうやら食べ物を売っているようだった。
長机に並べられた、ラムネに枝豆にかき氷に、唐揚げ棒。
ずいぶんレパートリーが増えたなぁと思った。私の記憶の中にあるお祭りには、かき氷しか見つけることが出来なかった。
そういえば、よくいちご味のかき氷を食べていた。
玩具のような機械のハンドルを回しながら氷を削り、百均で買ったようなシロップを掛けただけの、簡易なかき氷。
それでも口に入れた瞬間に広がる、頭を天辺まで貫くようなあの冷たさが、大好きだった。
舌の上に、じわりと甘いいちごの味が蘇ってくる。
と同時に、一人の男の子の姿が、幻影のようにぼんやりと脳裏に現れた。
ハッとして、息を呑んだ。
彼は、当時の私と同じようにかき氷を手にしながら、隣で歯を見せて笑っている。
嗚呼。
ついに出てきちゃったか。
途端、喉の奥の気道が縮こまって、苦しくなった。
私は細く長い息を吐きながら、クーラーボックスの中で素知らぬ顔で泳ぐペットボトルたちを見つめた。
私は多分、この瞬間を一番避けたかったのかもしれないと思った。
幼かった私と彼が作り上げた小さな夏祭りを、引き出してしまう瞬間を。
そして、長年に渡り薄れつつあった心の染みを、見つけ出してしまう瞬間を。
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