自動販売機な、わたし

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「うん! 圭に手伝ってもらったハンバーグ、完璧に出来てるわね」

 テーブルで向かいあうように座っているお母さんがそう言うと、ふっくらした頬を緩ませた。わたしはほっと胸をなでおろす。

「へぇ。これ圭ちゃんが作ったのかぁ。どれどれ」

 わたしの隣に座るお父さんが、自分のハンバーグを箸で小分した後に口に含んだ。すぐに「おぉ、こりゃ美味い!」と笑顔で言ってくれた。リビング内に木霊するほどの大声に、わたしは照れくさくなって頭を掻いた。

「なんだ、圭が全部自分で作ったのか?」
「違うわよ」とお母さんがすぐさま言った。「手伝ってもらったんだってば。でも、上手く出来てるわよ、コレ」

 ありがとう、とわたしは小さく笑い返した。といってもわたしは、ただお母さんに指導されるがまま作っただけなのだけれど。
 わたしもハンバーグを一口食べてみる。たちまちに、じゅわ、と肉汁が口一杯に広がってきて、美味しかった。

「そういや」と、お父さんは数秒でハンバーグを平らげてから、話しかけてきた。「圭、今日は始業式だったんだよな。どうだ、クラスにはなじめそうか?」
「うん」わたしは笑顔で大きく頷く。「なすみんもいるし」
「なすみん……ていうと。ああ、菜純ちゃん、だっけ? お前の一番の親友、なんだよな?」

 こくりと頷くと、「良かったじゃないかぁ」とお父さんは眼鏡の奥にある目を細めて、その大きな手でわたしの頭を撫でてくれた。えへへ、とわたしは笑った。

「にしても早いなぁ。もう、中学三年生になっただなんて。
 ――どうだ、もう好きな人とか出来たのか?」
「えっ」

 突如予想もしなかった言葉が飛び出してきたことに、思わず箸を落としそうになった。全身が茹でられたみたいに熱くなる。
 慌てて顔を伏せたけれどももう遅く、ばん、とお父さんが両手でテーブルを叩いた後に顔を寄せてきた。

「何っ! お前、本当に好きなヤツがいるのか!」
「いや、そんな、」
「どんなヤツだ? 真面目なヤツなのか?」
「それは、その、」
「まさかお前、不良に恋したんじゃないだろうな!」
「ちょっと、お父さん。あまり怒鳴らないで。唾が飛ぶから」

 お母さんの制止する声によって、ようやくお父さんの詰問が止まった。良かった、とほっと息を吐こうした時、今度はお母さんの投げかけられた言葉にびくりと肩が強張った。

「それよりも。もう三年生なんだから。今後の進路のこと、ちゃんと考えなさないよ」
「進路って……。おいおい。まだ四月だろうに」

 そう言ったお父さんの呆れ口調を無視して、お母さんは真剣な眼差しでわたしを見てきた。

「それでも早いうちから決めて、早めに対策した方が安全でしょう?
 圭、あんたはどの高校に行きたいの?」
「それは……」

 わたしは口ごもるしかなかった。
 進路のことなんて、全然何も考えていない。ただ、どこか普通科の高校で普通の高校生になれたらいいな、ぐらいの漠然とした想像しか、頭になかった。

「二年生の通信簿とか見ると、あんたは成績かなり悪いほうでもないしね」

 少しだけ自慢げに言うお母さん。わたしは、頷くことも首を振ることも出来なかった。
 二年生最後に貰った成績表の数字が、頭の中で蘇る。五段階評価の内申のほとんどが「3」で、あとは「4」と「5」が肩身狭そうに並んでいた。クラス順位や学年順位なんて、真ん中より少し上ぐらいの位置だったはずだ。
 ねぇ圭ちゃん。お母さんはよりいっそう顔を輝かせて、わたしを見てくる。

「いっそのこと、南高校目指してみたらどう?」
「み、南?」

 ぎょっとして聞き返すと、お母さんは「あらそんなに難しくないでしょ?」とにこりと笑った。

「偏差値五十一程度、今の圭なら大丈夫だって」
「そんな。わたし、そんなに頭良くないよ」

 ふるふると慌てて頭を横に振った。
 南高校。この地域では頭が良い高校として知られている高校だ。そんなところにわたしが入るだなんて、微塵も考えていなかった。

「大丈夫よ、目指すだけ損じゃないでしょ」お母さんが更に迫ってくる。「南高校ってすごく伝統あって素敵なところじゃない。近所の人から聞いたの。あそこは、規律もしっかりしていて安心だって」

 その言葉を受け継ぐように、お父さんの威勢の良い声が被さってきた。

「でもよぉ、イマドキ普通科の高校入って何になるんだぁ?」

 なんでよ、と牽制を含んだお母さんの鋭い声に、だけどお父さんは気付いていないかのように続けた。「もしも仮に、そこを卒業して大学に入ったとしてもだぞ。この就職難の時代じゃ、とても厳しいと思うぞ。もっとなんか、卒業と同時に資格が取れるような、それこそ将来の役に立つような学校に入った方がよくないか? 例えば、そういう系の私立とか専門とか、さ」
「ちょっと勝手に何言ってるのよ。私立とか専門って莫大にお金がかかるのよ?」
「んなもんオレが責任もって出してやるさ」

 胸を叩きながら自慢そうに放ったお父さんの言葉が、お母さんの怒りに火をつけたようだった。

「はぁ? あなた、自分の給料分かってるの? そんな余裕、あるわけないでしょうに」
「あるさ。これからもっともっと稼いでやるからさ」
「とか言って、いつまでも煙草止めないのは一体どこの誰かしらね。どんどん値上がってるっていうのに……」
「あのなぁ! 俺は以前と比べると、結構本数減らしてるんだぞ! そのことを労ってくれたっていいだろうが!」

 そこから二人は、口々に激しく言い争いをはじめてしまった。テーブルの端っこにいるわたしは、小さくなってため息を吐くしかなかった。
 ごちそうさま、と手を合わせてから、空になった茶碗とお皿を持ってキッチンの流しに入れた。ガミガミといがみあう声を背に、自室へと向かうために階段を上る。突きあたりにある部屋のドアをぱたんと閉めると、二人の争う声はようやく小さくなった。
 ため息と共に肩を落とした。ああいった口論は、よくあることだ。どうせ数時間もすれば、二人ともコロッと忘れて笑いあうのが、いつものお約束。

 わたしはそのままベットへダイブした。そしてごろんと横になりながら、進路のことについて少し考えてみる。

 必死に受験勉強に励む自分。時には、なすみんと色々相談しあったりするのだろうか。そして中学を卒業し、高校生になった自分。新しい制服に身を包み、周りの見知らぬ子と仲良くなっていて――。
 けれどそれらの想像は、雲のようにふわふわとしていて、とても掴みどころがなかった。わたしは手を伸ばす。そこには天井しかない。真っ白な天井。わたしの気持ちを表したような、嫌な白だった。
 がっくりして手を下ろし、傍に置いてあった漫画を掴んだ。その絵だけを目で追いつつも、けれどやっぱり、わたしの思考は進路の話題へと置き去りになっていた。


 来年のわたしは一体、どうしているのだろう。
 自分の納得出来る高校に入学できたのだろうか。
 なすみんはどうだろう。同じ高校に入れたら良いな。
 それに、稲田君とは、どうなっているんだろう――――


 重たくなる瞼に任せるように、わたしはそのまま、眠りについた。
 


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