ナイトスクールの中心で、×××と叫ぶ。


 やはり、こういうのはアイディア勝負だろうと、俺は思うのだ。


 例えば。
 体育館裏で、とか。夕陽に染まった教室で、とか。誰もいなくなった密室の部室の中で、とか。
 上記に挙げた場所で、己の気持ちを相手にぶつけるというのは、雰囲気が出ると思う。

 が、しかしだ。
 俺的に、物足りない。もっと強烈なインパクトが欲しいところだ。というか、定番すぎて面白くない。
 雰囲気とかロマンチストとか女性がうっとりべっとりするだとかそんなことはさておき、もうちょっと記憶に深く刻まれるような、かつ格好良い告白をしたいではないか。
 例えるならこうだ。アニメや漫画で、この世の者とは思えないぐらい格好良いヒーローが、この世の人とも思えない美しくて華奢なヒロインを助け、完全にその子のハートをノックアウトしたときに宣言するのだ。

「お前が……お前が好きなんだちきしょぉぉぉぉ!」

 とかな。

 俺は、人生で一回でもいいからそんな告白をやりたいと思った。冗談抜きで。
 というよりも、俺が告白したい相手には、まさにこの方法がピッタリなのだ。

 実際に、友人Y(自称:恋愛のスタンツマン)に俺のこの話を聞かせてやると、マジで鬱陶しいくらいに俺を白々しく見て、そして一言放った。
「病院、逝け」と。
 まぁそれっきり友人Y(役に立たない恋愛のスタンツマン)とは会ってもいないわけだが、自分は本気だ。
 怒ると火山が噴火する程恐ろしいおじさん教師のスキを狙ってその頭に強い衝撃を喰らわせ、頭を覆う偽髪を奪いに行ってもいいくらいに、本気だ。
 それでも足りないというのであれば、その偽髪をその教師の前で焚き火してやってもいい。
 それで退学になってしまったら告白も糞もないわけだが、そこは無視して。

 というわけで、いよいよ俺の人生最大の日がやってきた。

 ※

 計画は念入りに行ってきた。
 下調べは万全だ。先生の行動パターンもチェックし、彼女のスクールライフの一日も大体把握。
 もちろんスタッフの方も万全だ。俺が一番信頼している仲間だけを集めて、今、それぞれの役割を果たすためにこの校舎内に身を潜めていることだろう。

 俺は一人、昼間の活気が残滓となって散り、すっかり寂れた教室を見回す。
 最後に、壁にかけてある時計を確認。午後六時ちょいすぎ。
 うん、良い時間帯だ。
 一つだけ開け放してある窓から、少しだけ夏の匂いが混じった風を受けながら、俺はひたすら待つ。待ち続ける。
 おそらく、部活を終えた彼女は、もうあの手紙に気付いてこちらに来ている頃だろう。
 最終チェックのため、紙に書き上げた計画書をよく読んで復習。

 ああ、駄目だ駄目だ。心臓がドクドク跳ねている。今にも、身体中の血液が踊りだしそうな程だ。鎮めようにも、暴れ出したら止まらない雄牛のように、止まってくれない。ヤバい。もうあとちょっとで死ぬかもしれない。
 いや、もういっそ死んでしまおうか。そしたら彼女、どんな反応してくれるかなぁ。俺を膝枕してくれるのだろうか。そして泣きながら心配してくれるのだろうか。
 ああ、もう駄目だ。妄想も雄牛になって脳みその中を狂ったように暴れ始めている。
 早くこないかなぁ、彼女。
 早くこい、早くこい、早くこい…………。
 
 すると足音がした。
 ペタペタと、学校指定のスリッパが廊下を響かせる音だ。
 周りがやけに深い静寂に包まれているせいで、それは耳もとで直に鳴っているようだ。
 更に、心臓の舞はヒートアップ。F1のレーサーみたいに、ブンブンと五月蝿い音を立てて、今まさに加速している。

 嗚呼っ、ついに来た! 来たぞ! 

 もう待ち切れなくなっていた俺は、そのまま『三 - ニ』の小さな看板が掛けられている教室を飛び出した。とっさに、「久島(くしま)!」と叫ぶ。

「……!」

 廊下で歩いていた人物は、ピタリと足を停止させた。
 そして、夕陽のオレンジに包まれたその人物が、ゆっくりと、俺の目を捕らえた。
 短くショートな髪。底が見える小川のような透き通った瞳。こんがりと少しだけ焼けた肌に、筋肉がほどよくついた身体。
 まさに、俺の理想とする"たくましい"女性だ。
 今は薄暗いせいで姿がよく見えない。だが俺は、昼間の彼女の可憐な姿を俺の記憶から引っ張りだし、目の前の人物と重ねる。

「…………」
「久島! 久島だよな! な?!」

 返事がない。ただの屍のよう……ではない。
 そう。彼女こそが、俺の告白ターゲットである相手、久島だ。
 だがその彼女の顔はというと、今や硬直して引きつっている。俺は首を傾げた。

「…………あれ、久島?」
「……あんた?」そんな彼女の第一声は、それだった。「あんたが……竹中がこの手紙、書いたの?」

 凛とした、しかしかすかに震えた声が薄い闇に響いたあと、彼女は懐から一枚の紙切れを取り出した。

「『この前行われたテストの結果が、あまりにも悲惨だったため、今日の部活終了後、教室に戻りなさい。再テストを行います』――……。字、汚すぎ」
「は、ははははは。
 あれ? 分かっちゃった?」

 咄嗟の苦笑い。
 あれでも、一番丁寧に書いた文字の筈だったんスけど。

「それで? 先生は来るわけ?」
「……え」
 薄暗い廊下の中でも、彼女の澄んだ瞳が今や剣呑な光を発して俺を睨みつけているのが、分かった。
 な、なんだ? この殺伐とした空気は。
 ――――もしや。
 生唾を飲み込んだ後、俺は恐る恐る言った。

「……『来ません』って、言ったら?」

 すると、彼女は右手を肩の位置にまで持ち上げた。
 その手が、白くなるほど握りしめられているのが見えた。凶器のナイフのように、ギラリと光っているようにも見えたのは、俺の錯覚ではなさそうだった。
 さっきまで舞っていた心臓が、いっきに氷点下に達した。

「わ、わわわわわ悪かったよ!
 ただ普通に『教室に来て下さい』じゃ来てもらえないと思ってたまたま久島の席が俺の目の前でそん時に久島の答案見えちゃってそれであの別に悪気があるわけでは……!!」

 遅かった。

 久島のグーが、俺の左頬にめり込んだ。



「た、た、頼む! 点数使ったのは悪かった! マジで悪かった!
 ホント俺嫌な人間だよな! な! ちなみに俺の方が点数マイナスだから俺より頭良いって! ホント悪かったって! ごめんって!」
「ああ、もうホント五月蝿いっ!」

 昇降口に向かおうとする彼女を必死に制しながら、俺はもう母親に泣きすがる子供のように、久島の前に壁をつくることしかできなかった。
 彼女の顔は、今や殺人鬼のように変化し、眉間に深い皺を作って俺を睨んでいる。
 普段の彼女も気が強くて、オマケに柔道部に入部していることもあって少し威厳な雰囲気はあるが、今はそれとは比べ物にならないにすさまじい殺気オーラを放っていた。
 だが。ここで諦めるわけにはいかない。
 最初の誘いは失敗したけれど、俺はこの計画を成功させねばならない。
 スタッフだって用意して、しかも時間をかけたってのに、このまま彼女に怒りを灯したまま、俺は気持ちを伝えられずに廊下でくたばってサヨナラなんて、想像もできるかチキショー!

「たのむ! マジたのむ! 一生の頼み! 数秒だけでいいから話を聞いてくれ!」
「竹中みたいな変人の言うことなんて誰が聞くか! 人のプライバシーで持て遊んだ次は、あたしを口説き?
 言っておくけど、あんたなんか興味ゼロなんだよっ!」
「ごふっ」

 目から星が飛び散んだかと思ったら、廊下にバタリと倒れた。
 本日二度目の強烈パンチ。しかも同じ場所にやるだなんて、ひどい。
 鼻の下から生暖かいものが流れていく。鉄の匂いがした。久島は正真正銘なるSだ。どSだ。
 ああ……。もう死にたい。

 その合間にも、久島は気にもかけない様子でどんどんと先を歩いていく。行ってしまう。
 このまま彼女を逃がすな! というサイレンが脳内で響くと同時に、少し冷静になっている部分の脳が、いや待てよと考える。
 この先は、確か音楽室ではないか。久島を追い掛けるのに必死だったから、さっき三階の階段を下りたことにまったく気付いていなかった。

 とすれば。思い出せ。俺の計画では、最初に音楽室を通過する予定だったのではないか?
 ……そうか。俺は無意識のうちに(それか久島が勝手に)、このポイントへと誘っていたのかもしれない!
 本当は、俺が『散歩しよう』とか言って誘うつもりだったが、まぁ、この際理由はなんだっていい。
 とりあえず、スタンバイ完了だ!


 ポロン――。

「……え?」

 近くから、何かが音を発した。それに驚いたのか、足を止めた久島。

 ポロン……ポロン……。

 立て続けに鳴るその音は、確かに二メートル先にある音楽室から聞こえてくる。
 それは、ピアノの音色だ。

「ど、どうしだ? ぐじま」

 ポケットにたまたま入っていたティッシュを鼻にありったけ詰め込んだおかげで、言葉が上手く出てこない。
 が、久島は聞いていなかったようだ。完全に固まって音楽室を凝視している。
 また、例の音がした。
 音楽は詳しくないが、多分『ミ』と『ド』と『ソ』と『ラ』だろう。

「……なんが、ビアノのおどがぎごえでないか?」
「…………」

 チラリと、彼女を見る。
 さっきまで殺気を帯びていた顔が、今や闇に紛れて血の気を失っている。さっきから音が鳴る方向に視線を固定し、瞬きさえ忘れてしまったかのようだ。
 完全に、怯えている。
 ――よし。計画どおりだ。いけるぞ、俺。

「ぎっど、だれかがいるんだろう。おれ、みにいっでやる」

 そう言い、ピクリとも動かない久島を背後に、俺は音楽室へ向けて歩みはじめる。

 ――正直暴露してしまえば、そこに誰がいるのかはもう知っている。
 なぜならこれが、俺の計画だからだ。

 そう。
 すべては、『The・お化け屋敷みたいな校舎で彼女をくびったけ』と名付けた、俺なりの告白作戦なのだ。
 彼女だって、柔道部に入っていようが、女の子だ。女の子というものは、やはりお化けとか幽霊とか、そこらへんは弱いものだろう。
 学校内で起こる数々の恐怖に脅え、震えるであろう久島。そんな彼女を僕は宥め、次々と襲ってくる恐怖(=俺の用意した友人どもの悪戯)を難無く乗り越え、最後は彼女の俺に対する心の壁をも乗り越え、無事脱出できた時に一言。

「俺、久島が好きだったんだよ」ってな。

 完璧だ。完ぺきすぎる。
 ヤバい。胸の内だけでなく、顔の表情にもニヤりが移ったかもしれない。鼻に詰め込んだティッシュが、更に紅く染まっていくのが見えた。
 いやいや、まだニヤりとするのは早いではないか竹中雅治十四歳(=彼女いない歴)。
 まだ序章の段階だ。
 これからが、本編だ。

「……あ゛のぉ〜……どなだがいるんでずがぁ?」

 少し裏声になったが、とりあえず気にしない。
 もちろん、返事はない。スタッフは幽霊になりきっている設定なのだから、ここで返事してしまっては意味がなくなるからだ。
 わざと、数秒待ってみる。長い沈黙が辺りを包む。
 振り返って彼女を見てみると、死人だったその身体はようやく動かせるようになったみたいだが、やはり顔が引きつっている。
 だが、久島自信は強気でいるのか、窓の枠に必死に掴まりながら、俺に向かって口パクで何か言っていた。
 目を凝らして、その口の動きを観察する。

 『だ』……『れ』『か』……『い』『る』『の』。

 そう動いているように見えた。
 ああ、久島。声が出ない程、そんなにも恐いのか。
 これには少しだけ意外だったが、そんなところもまた可愛らしいじゃないか。
 ここは、やはりヒーローたる俺が助けなければ。

「だれがいるんだろぉ〜? はい゛るぞぉ〜!」

 これまたわざとでかい声を出し、俺は遠慮なく音楽室のドアを開けて、意気揚々と中へ足を踏み込んだ。
 と。

「?!」

 瞬間、何が起きたのか分からなかった。
 ただ、ガクンという衝撃が来て、自分の上半身が前に倒れ込みそうになったのだ。
 わけがわからず、俺はそのまま下を見た。

 手が、あった。

 しかも、青白く輝きヌルヌルしている手が、俺の左足をガッチリ掴んでいる。
 まるで、沢山のミミズが、ベットリと付着したみたいな感触が足を襲う。
 ヒンヤリとした感触が、足を伝い、太ももを伝い、お腹を通じて脳まで達っして、俺の思考回路を凍結させた。
 何も考えられなかった。動けなかった。
 そして。

「――――ギャァァァァァァァ!!!」
「キャァァァァァァァ!!!」

 闇雲に叫んだ。久島も叫んだ。

 ていうかなんなんだ?! 何が起きたんだ! なんであんな手がある? 何故俺を掴むんだ?! そんなの、聞いてなかったぞ! 
 必死こいて逃げた。久島もついてきた。
 わけもわからずに二階と三階をぐるぐると回り続けた。

 目の前の廊下を駆け抜け、階段を下がり、また廊下を駆け抜け、階段を上り。走りながらはっと気付いた。
 ちょっと、ちょっと待てよ! 今気付いたが、俺は決定的なミスをしてしまったのではないか!

 何が起きるのか、スタッフ達から聞かされていなかったのだ!

 仕掛けについては考えるのが面倒臭いから、と言って、全部あいつらに任せたままだったのではないか!
 ああしまった! 俺、何やってんだ!
 自分であんな計画を立てておいてなんだか、実は俺も、予期しない事態や恐怖は苦手だ。お化け屋敷みたいなところは、人生の中で一番嫌いだ。だって、ビビるし恐いじゃないか! 

 こうして、俺は大事なミスをしてしまったわけで。
 わけもわからず、俺は久島と共に、二階と三階を廻り廻っていた。 

 ※
    
 そしてその一時間後。
 不審に思った見回りの一人が騒ぎを聞きつけてやって来て、俺達二人は発見された。
 もちろん、大目玉を喰らったというのは言うまでもない。
 偽髪の毛をつけた、怒ると火山が噴火する程恐ろしい教師が、俺達を目の前に正座させ、小一時間怒鳴りまくってくれた。
 何をやっているんだ馬鹿者、お前ら夜の校舎でF1レーサー乗った気分でギャーギャーバカップル騒ぎをしたかったのかと。
 もちろん、俺は正直に打ち解けた。久島は悪くありません。俺がすべて企んでやったことです、と。

 だが、本当の胸中を明かしてしまえば、先生に見つかってよかったと心から安心している。
 あの後、どこかの教室に非難する度に、天井から蜘蛛の人形が襲ってくるやら、冷たい手が俺の尻をなでてくるやら、久島が恐怖で意味不明な言葉を羅列してくるやらと、とりあえず予期もしないことが次々おこって、どうしようもなかった。
 あの一時間は、恐怖心だけがエネルギーとなって、身体を動かしていたのかもしれない。
 ちなみにスタッフたちは、先生の目を盗んで全員学校から非難したらしい。
 死ねばいいのに。

 あれから、翌日。
 もちろん久島は、あれから一言も俺に話してくれなかったし、目さえも合わせてくれなかった。
 ご丁寧にも学校から連絡があり、事情を知ってしまった母親にも叱られる始末だし、もうこれは最悪としか言い表せない。


 ……ここで一句。

 皆さんは きちんと告白 しましょうね。

        竹中雅治 独身十四歳


 

2004?年頃脱稿。 2011年改稿。
オリジナル初の短編小説がコレです(笑)。当時の勢いをそのままに、少しだけ手直ししてみました。
色々と思い入れ深い作品だったりします(^^ゞ


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