キミとぼくの竜。

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第二章の2



「きゃぁぁ! 見て見て、先輩! この子可愛いよ!」

 博物館の狭い廊下には、多摩美の歓喜する声が絶えなかった。そんな黄色い声に、もうすっかり慣れてきた壮平は、ただ一人苦笑を漏らすしかなかった。
 休日にも関わらず、人が少ないことは幸いだなと思いつつも、そっと溜息を吐く。やはり大型ショッピングモールへ来たら、蛇を見るよりもショッピングに励むのが普通なのだろう。

 博物館の中は四角い構造になっている。見物客はその外枠をぐるりと回るようにして、ガラス張りの壁の向こうに生息している様々な種類の蛇たちを見ていく、といった仕組みだ。
 一人盛り上がってはずんずんと先を行く彼女の後ろで、壮平は「すんません」と、顔をしかめてこちらを見てくる老夫婦へ向かって頭を下げた。
 ……というか、なぜ俺が謝っているんだ?

「おぉぉ、これシマヘビじゃん! ほらほら、このくりくりな目が素敵!」

 多摩美は一々の蛇たちの前で立ち止まり、食い入るようにそれらを見つめていた。今は『シマヘビ』との看板が立てられているガラスの前で、うさぎのようにぴょんぴょんとび跳ねて、壮平の腕をぐいぐいと引っ張っていた。
 促されて、壮平は仕方なく、ちらりとガラス向こうへと視線を遣る。枯れ葉が敷き詰められた、四方一メートル前後に仕切られた空間。その真ん中に一本だけ佇んでいる小さな模型の木の枝にて、茶と黒の混じった色をした鱗をもつ細長い物体が、ぐるりと巻きついている。
 目にした瞬間、肌にぞっと粟が立つのを感じた。

「この子、鱗の色とかめっちゃ綺麗だよねっ! 実は私、蛇の中ではこの子が一番好きなんだぁ。だって、一番可愛いんだもの!」
「そ、そうですね」

 どこが"可愛い"んだよ、どこが! こんな細長くてくねくねして気味の悪いもんの、どこを可愛いって言えばいいんだ!?
 なんて言葉を呑みこむのは、これで一体何度目なのか。多摩美の横で、気付かれないようにそっと肩を落とす。
 多摩美が『誘っても誰も来てくれない』と言っていた理由が、今になって理解出来た。そりゃ誰だって、モールまで来て蛇を間近で見たいとは、滅多に思わないだろうな。

「それにしても……。これ、竜に関係なくないか?」

 自分としては、相手に知られないようにぽつりと呟いたつもりだった。けれども、耳聡い多摩美にはしっかりと聞かれてしまったらしい。「そんなことないって!」とすぐ近くで叫ばれて、きんと耳が鳴った。

「先輩、本当にちゃんと私の書いたレポート、読んだ? そこにも書いたと思うけど、竜の大本は蛇なんだから!
 それにね、蛇から竜になったとされるお話だって、文献に残っているんだよ?
 その中で蛇は、空に向かって高く首をあげて、尾をね、こう、ふるふるっと震わせたあとに、するするっと空に昇っていった、ていう!」

 言いながら、多摩美は合わせた両手をくねらせながら力説してくる。

「だからさ、竜の子どもなんだなぁ、て思うとすっごい可愛く見えるじゃん。それに、この円らな瞳とかさ。昔の人は『鏡みたい』って言ってたらしいけど、ホントだよね! まさに綺麗な鏡だよね!」
「か、かがみ?」全くもって彼女の会話についていけなかった。
「ちなみにね、『鏡』の語源は蛇なんじゃないかと言われているの。昔は蛇のことを"カガチ""カカ"って呼ばれていたのと関連しているっぽくて。
 つまり、かかの目、から、"かがめ"、"かがみ"ってこと。これ、あんまり信憑性ないんだけどね」

 すごいな、この子……。蛇に関する知識も持っているのか。
 感心しながら、多摩美を見た。彼女はこれでもかと目を輝かせて、絶えず口を動かしている。興奮あり余ってか、手や足の動きもヒートアップ。遂には全身を使ってくねくねとうねりだした。博物館の真ん中で、奇妙な踊りを披露する多摩美。
 壮平は思い切り噴き出していた。

「西原さんて、本当に好きなんだね。蛇」
「違うってば! 私が好きなのは竜なの! 蛇は、私にとって竜の子供みたいなものなの!」
「はいはい」

 そののちも、一人で勝手に先に進んでは、まるで熱狂スターのライブにいるかのような興奮ぶりで、その饒舌を披露していった。


 そんな彼女の姿に、壮平はいつの間にか強く惹きこまれていた。
「蛇は守護神または最高神の化身であり、人間の祖先でもあると考えられていた」
 という話やら、
「竜は蛇だけではなくて、様々な動物の身体から組み合わされて出来ているのだ」
 といった、竜に関する話を聞きながら、壮平もいつしか、「なぜそうなってるの?」やら「詳しくはどういうこと?」やらと質問をするようになっていた。そのたびに、多摩美は嬉しそうに答えてくれる。
 壮平が頷いたり感嘆の声を漏らすと、得意げに彼女が笑う。たまにわざとらしく反論したりすると、「それは全然違う!」と彼女がムキになってくる。
 その華やかな笑顔やふくれ顔に、なんだかこちらも心が浮き立つのを感じていた。

 今や、ガラス向こうの蛇などはどうでもよくなっていた。
 それほどまでに、楽しかったのだ。


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