キミとぼくの竜。

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第一章の3



 二人は早速、食堂の隣にあるコンピュータ室へと向かった。

 多摩美の少し後ろを付いていく途中、彼女の竜好きがどれほどなのかを垣間見た気がした。
 肩にかけられた大きめのトートバッグには竜のマークが大きくプリントされているし、そこから取り出された携帯にもそのストラップがいくつかぶらさがっている。おまけに、彼女がしているイヤリングも竜の形をしている。
 本当に竜が好きなんだな、この子。
 
 コンピュータ室は席が半分以上空いていた。テストが終わったこともあり、今更レポートに追われる生徒も少ない。
 多摩美は部屋を真っすぐに突き進み、右端の一番前のコンピュータを陣取る。その隣の椅子へと、壮平は遠慮がちに座った。ちらりと彼女の顔を覗きみる。その表情はすでに真剣そのものだ。

「確か二千字以上だったよね、レポート」
「そ、そうだけど――」
 
 そういや、俺の前に斎藤のレポートを書いていたんだっけ、と気付き、そこで「あ」と声をあげた。

「キミさ、俺の前に――」
「西原」多摩美の言葉が遮った。「西原多摩美。下の名前、呼び捨てでいいよ」
「じ、じゃあ……西原さんで」

 知り合ったばかりの女子の名前をいきなり呼び捨てにするのも、なんだか気が引けるというものだ。
 ……あれ。そういえばこの子、さっきからタメ口だな、と気付く。こっちの方が一個上のはずなんだが。まぁ、別にいいけどさ。

「西原さんさ、斎藤の分のレポートも全部書いたんだろ?」
「そうだけど」
「だったら、内容かぶったりしないか?」

 だぶってしまってはまずい。同一人物が書いたレポートだと、すぐ先生にバレてしまうのがオチだ。
 んー、と少しだけ天井を見上げたのち、視線を戻した多摩美は余裕の笑顔で言った。

「大丈夫だって。ちゃんと内容変えるからさ。絵里先輩のレポートの題目は、『東洋と西洋における竜の違い』だったんだけど、こっちは『日本の竜について』で書くから」

 むしろこっちの題目の方が書きやすいんだよね、なんて言いつつ、多摩美はコンピュータへ向き直る。起動が完了している画面を操作し、ワードを呼び出した。「さぁてと」と得意げに舌なめずりをし、両指を軽く揉んだのちにキーボードへ添える。
 そして。

「うぉ……!」

 思わず驚きの声を上げてしまった。
 その、異常なまでのタイピングの速さ。一寸の迷いもなく、細く白い指が動いていく。あらかじめ打ちだす文字を定めていたかのようだ。
 文字数を見れば、すでに原稿用紙一枚分近くだ。とてつもなく速い。すげぇ。
 だが、すごいのはそれだけではなかった。 

『 竜は古来より想像上の生き物として、世界各地に見られた。
  そのほとんどは、我々が抱いているイメージの通り、大蛇の姿をかたどっているものが多い。各国に記された竜の絵を比較してみても、多少の違いはあるものの、ほとんどが蛇のような長い胴体を持っている。つまり竜の元は蛇であろう。それは世界共通といえるのかもしれない。
  ところでこの竜は、日本では一体どのようにして誕生し、変遷していったのであろうか。このレポートでは、その点に絞って論じていきたいと思う。
  まず初めに、インド・中国で最初に発生したとされる竜思想が、日本へやってくるまでの流れを追う。次に、そのイメージが日本の中でどう変化していったのか、そして最後に、現在の竜の扱いについて述べていきたい。』

「す、すげぇなおい……」

 レポート文を読み、つい感嘆の言葉が口を突いた。前書きを読むだけでも、自分が普段書くやつよりも数倍上手いのだ。しかも、資料もなしにここまで書くとは。
 ごくりと喉を鳴らした。これじゃまるで――

「竜に関する資料、全部頭の中に入ってるみたいじゃないか」
「うん、そうだけど」

 思わずこぼれた自分の台詞に平然と答えられて、壮平は驚きのあまり息が詰まった。

「大体の関連資料は頭の中にインプット済み、かな。だってさ、小学校の時から絵本替わりに読んできたんだもん。これくらい当然だよ」

 カタカタと軽快なタイプ音に、多摩美の小気味良い声が合わさる。

「それで、レポートなんだけど。一章は、『インド・中国から日本へ渡る竜』ね。
 竜っていうのはさ、仏教以前のインドで、大蛇崇拝によってその原型が誕生したっぽいんだ。インドにおいて、竜は蛇のことなの。あと、河川の神とも言われてたかな。
 釈迦以前のインド宗教では、時折蛇が神として出てきて、水を自由にあやつったりしてるんだ。で、威力を発揮するときには竜になってる。つまり、水神イコール蛇と竜、みたいな。
 それが中国に翻訳されて伝わった際、元々そこにあった竜思想と混交して、今の竜が完成されたって感じかな。中国でも古来から竜思想ってのはあって、天地自然の脅威と見られていたわけ。洪水とか大雨とか落雷とか。
 そっから時代が下って、『仏法を護持する竜神』とか『竜王』とか、そういう宗教的な性格をどんどん付加され、神格化されていって、日本にやってきた、とね」

 次々と文字で埋まっていくワード画面に、止むことのない多摩美の説明。
 壮平はただただ「はぁ」と気の抜けた相槌を入れながら、頷くだけだった。

「でさ、四章の『終わりに』なんだけど」ふいに多摩美はこちらへ視線を向けた。「ここは、壮平先輩が書いたほうがいいよね」
「ま、まとめを俺が? つったって、レポートの内容知らないし……」
「いやだなぁ。私がこれを書き終わったあとに一通り読んでさ、その感想なりなんなり、適当に書けば良いんだよ」

 感想と言われても。「この子は竜についてすげぇ知識を持っていることが分かりました、まる」みたいなことしか書けないのだが。
 その間にも、多摩美が書くレポート(のちに壮平のレポートとなるのだが)は、どんどんとページが進んでいく。今は二章の真ん中あたりか。
 ちらと文字数を確認してぎょっとした。二千字、もうとっくに越してるじゃないか!

「ちょ、ちょっと西原さん。そんな、卒論並みに気合入れなくても――」
「あぁもう話しかけないでよ! 間違えちゃったじゃんっ」

 鋭い声が飛んできて、壮平は思わず「す、すんません」と慌てて謝る。それでも多摩美の指は止まらない。恐らく原稿用紙三十枚ぐらいはいきそうな勢いだ。
 この子、マジで本気だぞ。
 なんだか、頼もしいような、そら恐ろしいような……。

 壮平はただ横で、ぽりぽりと頭を掻くしかなかった。


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